休み明け[音楽]

東京シティフィル定期演奏会から10日間の休暇を頂きました。5月からほぼ毎週のように練習と演奏会で飛び回る日々が続き、特に夏は殆ど自宅に居なかったのでここぞとばかりに自宅を満喫。少し涼しくなった今頃にちょっと立ち止まれる時間を頂けたのは幸運でした。

シティさんとの定演はとても協力的かつ意欲的なオケの力と、曲の持つ力が融合した、実り多き時間でございました。皆さん本当にお疲れ様でした。

しかし今月はロシアづいております(笑) 昨日まで日フィルさんと生誕100年という記念すべき年を迎えた大作曲家ショスタコーヴィッチの交響曲第5番の練習でした。これまで何度も取り上げてきた曲ですが、この曲の複雑さと混沌さを演奏する度に感じます。表現全てにおいて必ず裏があると言っても過言ではないくらい、必ず「含み」があり、まともに正面を向いて正直に語ることが
出来なかった時代を象徴するような有り様です。
有名な最終楽章の「歓喜」は心からの歓喜ではなく強いられたものであると、作曲家自身が語っています。これぞまさしくあの時代を物語るエピソードではないでしょうか。素直に喜べない、頭に銃口を突きつけられながら、行進しろ、歩け、そして笑えと言われることなど現代においては有り得ない世界。平和な時代に生まれた私たちの挑戦は、昔あるところである時に起きていた忌まわしい現実を想像し、そして表現しなければいけないことです。はたして私たちの想像力がどこまで通用するのでしょうか。心から敬意を込めて、想像力の限界に挑戦いたします。

 
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